家族信託とは。成年後見人との違いやメリット・デメリットを解説
「家族信託」とは
不動産や預貯金などの財産を、自分で管理できなくなった時のために、信頼できる家族に託す契約のことを「家族信託」と言います。一般的に、親から子へ財産を管理できる権利を渡します。
遺言書作成や成年後見制度の代わりになる場合もありますし、併用することで幅広い遺産の承継ができ、より自由度の高い財産管理を行うことができます。
家族信託の仕組み
家族信託は、財産の所有者であり管理を託す側である「委託者」と、財産の管理運用処分を任される「受託者」、財産から利益を受ける「受益者」の3者間で行われます。なお、委託者と受益者が同じ人になるケースが多いです。
委託者:財産管理を家族に任せる人。財産管理の方法や処分方法の指定、受託者の選任・解任を行う権利があります。
受託者:委託者から財産の管理を託される人。財産管理に関して幅広い権利を有している一方、「忠実義務」「分別管理義務」などの義務を負います。
※忠実義務・・・他人のために財産の管理・処分を任された者は、受益者の利益のために行動し、自己の利益を図ってはならないという義務。
※分別管理義務・・・預っている財産を自分の財産から明確に分離する義務
受益者:財産の運用によって発生する利益を得る人。一般的には委託者=受益者、つまり親が受益者となりますが、複数の受益者を指定することもできます。
ここからは、家族信託のメリットやデメリット、生前贈与との税金の違いなどをご紹介します。
家族信託は必ずしも「親」「子」「配偶者」だけの話ではありませんが、ここでは分かりやすくするために、特に記載がない場合は、次のような場面を想定して解説します。
受託者兼受益者 = 本人(親)
受託者 = 子ども
家族信託のメリット・成年後見人との違い
- 親が認知症になっても自由度の高い財産管理ができる
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親が認知症で判断能力を失うと、その財産は凍結されてしまい、本人が財産の手続きを行うことができなくなってしまいます。預貯金を引き出すことができず、不動産を売却することもできません。
「成年後見人制度のあらまし。「法定後見人」と「任意後見人」の違いと役割」でご紹介した任意後見制度も、認知症に備えた対策ができますが、親の判断能力が低下した後でなければ子による管理ができず、また裁判所の監督下で財産管理がなされるため、柔軟な管理・運用がしにくい場合もあります。
家族信託は、このデメリットをカバーする制度。財産の名義を子の名義に変更することで、子が大きな裁量を持って財産の管理を行えます。認知症になった親の生活費や納税資金を信託財産から支出することもできますし、親が委託者兼受益者となることで、老後の資産管理を子に任せることもできます。
- 遺言書より委託者の意思を反映できる範囲が大きい
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家族信託契約では、財産権を引き継ぐ人を指定することができ、遺言書と同様に法的な効果を持ちます。また、次の受益者だけでなく、その次の受益者までを指定できます。これを、「受益者連続信託」と言います。例えば、受益者が亡くなった後は、一般的にはその財産を引き継ぐのは受益者の配偶者になりますが、委託者の意思で別の人を指定することもできます。
遺言書では一次相続しか指定できないので、遺言書よりも委託者の意思を反映しやすいといえるでしょう。さらに、委託者と受託者の間で契約できるので、民法で定められている遺言書ほどは厳密なルールはありません。
- 子(受託者)の判断で積極的な財産運用ができる
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成年後見制度は、親本人の財産を守ることを目的としているため、損失を生むかもしれない不確実な投資を行うことができません。しかし家族信託の場合は信託契約で財産管理の方針を決める権利があるため、より柔軟に運用や処分を行うことができます。収益不動産を経営している場合は、時には経営戦略として投資することも必要になるため、積極的に経営をしていきたい場合には成年後見制度よりも適した方法といえます。
- 安心して財産を承継できる
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親が元気なうちに財産を子に託せるため、管理や運用状況を見守ることができ、安心です。また、家族内で財産管理が完結するため、後見人制度のような報酬も必要ありません。
家族信託が特に効果を発揮するケース
事業承継を行いたい場合
家族信託の一種である「自己信託」では、親が委託者と受託者になり、子を受益者にすることができます。この方法は、事業承継に効果的です。
将来の経営リスクに備えたい場合
家族信託では、財産の名義が受託者になることから、委託者が事業経営で倒産したとしても、信託された財産が差し押さえられることがなく、将来の経営リスクに備えることもできます。これを「倒産隔離機能」と言います。
ただし、受益権に対しては倒産隔離機能が働かないため、受益権が差押の対象となることがあります。
配偶者が認知症を患っている場合
委託者が元気であっても、被相続人となる委託者の配偶者が認知症を患っている場合、自分の死後、配偶者に財産を相続させるには心配です。家族信託では、「委託者の死後、受益者を配偶者にする」と定めておくことで、残された配偶者の生涯にわたって受託者に財産管理や生活資金のサポートを行なってもらえます。
不動産の共有問題の心配がある場合
収益不動産を、兄弟で共有するケースがあります。例えば、3人兄弟であれば1/3ずつの所有権をもち、家賃収入を分配して利益を得ている場合、入居者との新規契約や大規模修繕にあたっては所有者全員の同意が必要になります。ところが、3人のうち一人でも、認知症などで契約の能力がなくなってしまうと、収益不動産の経営自体が滞ってしまいます。
このような場合にも家族信託が有効です。2人が委託者になり不動産の経営を1人の受託者に集約することで、委託者のうち1人が契約能力を喪失しても、その影響を受けずに経営を続けることができます。
子に障がいがある場合
親が亡き後、子が有効に財産を使えるようにしたいけれど、子に障がいがあると「お金の管理ができるのか」「騙し取られないか」と心配です。そんな時には、信頼できる兄弟や親族に財産を信託しておき、将来は障がいのある子が受益者になるようにすることもできます。
また、子どもが亡くなった後は、世話をしてくれた兄弟や親族、施設などにお金を渡すように決めておくこともできます。
家族信託のデメリット
- 身上看護の権利はない
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家族信託は、財産の管理を目的とした制度なので、成年後見人のように十分な身上看護を行う権利はありません。そのため、親の施設の入居に際して代理人として入居の契約ができないなど、必要な契約行為が十分に行えない場合があります。身上看護を望む場合は、任意後見制度を併用し、あらかじめ受託者を後見人として指定しておくことをおすすめします。
- 認知症で判断能力を失った後から利用することはできない
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認知症で判断能力を失った人が契約行為を行うことはできないため、家族間の信託契約である家族信託を、認知症になってから結ぶことは原則としてできません。あくまで、認知症に備える一つの対策として捉えておきましょう。
- 受託者の選任が難しい
- 受託者次第ではトラブルの原因になる
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兄弟のうち1人を受託者とした場合、他の兄弟が信託財産の収支について何も知らされないまま管理されてしまう場合があります。兄弟間で「お金を使い込んでいるのでは」という疑いが生まれたり、実際に適切な財産管理が行われなかったりした場合はトラブルの原因になります。
- 相続税や所得税の節税効果がない
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先に述べたように、一般的に委託者が受益者となるため、財産権は親のもとに残ります。受益権を持つ親が亡くなった後は、信託契約で定めた人に財産権が引き継がれ、その財産には相続税と同じように納税義務が発生します。受託者に信託報酬を支払うことで信託財産を減らして節税につなげることはできますが、家族信託をすることで直接的に節税ができるというものではありません。
また、信託財産の運用によって赤字が出た場合でも、所得税の申告の際に、他の事業の黒字からこの赤字を差し引きして所得を算出することはできません。そのため、所得税の節税にもつながりません。
- 遺留分侵害額請求される可能性がある
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法定相続人に保障された相続財産を「遺留分」と言い、遺留分を侵害する財産配分が行われた場合は、侵害を受けた相続人が侵害額を請求することができます。家族信託についても同様に、相続人間で受益者とそうでない人に別れてしまうなど不平等があった場合は遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。
- 税務上の手間が増える
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信託財産による収益が3万円以上ある場合は、信託計算書などの書類を作成して税務署に提出することが義務付けられています。つまり、税務上の手間が増えるというデメリットがあります。
家族信託のデメリットを回避するために
- 他の制度を併用する
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「身上監護ができない」「すべての財産を遺産分割協議なしに相続させたい」という場合は、家族信託だけでなく、任意後見制度、遺言書を併用することで解決できます。どの制度も「すべてをカバーするオールマイティなもの」とは言えないため、併用することで各制度のデメリットをなくし、想定外の問題をカバーできるようになります。
- 委託者、受託者、受益者、法定相続人の全員の納得の上で開始する
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家族信託でのトラブルを防ぐには、家族信託契約の内容について、委託者や受託者、受益者、法定相続人など財産の管理や承継に関係する人全員が理解し、事前に納得した上で進めることが大事です。話し合いがまとまらない場合には専門家を頼りましょう。
家族信託にまつわる税金
家族信託をしても相続税は節税できないことは先に述べた通りですが、子が委託者になったとしても財産の所有権は親にあるため、子に対しては贈与税や不動産取得税、登録免許税などの税金はかかりません。ただし、登録免許税として、固定資産税評価額の0.4%(土地の場合は0.3%)の額が課税されます。
しかし下記の通り、生前贈与と比較すると税金の負担が軽減されることが分かります。
【生前贈与】
検討項目 |
内容 |
贈与税 | 課税 |
不動産取得税 | 課税 |
登録免許税 | 課税(2%) |
所有権移転登記 | 必要 |
家賃をもらう人 | 子 |
物件の管理 | 子の独断で決められる |
【家族信託】
検討項目 |
内容 |
贈与税 | 非課税 |
不動産取得税 | 非課税 |
登録免許税 | 課税(0.4%) |
所有権移転登記 | 必要 |
家賃をもらう人 | 親 |
物件の管理 | 親の合意を必要とさせることも可能 |
家族信託の手続きの流れ
信託契約を結ぶ
委託者と受託者の間で「信託契約」を結びます。この契約の中で、次のような内容を取り決めておきます。
- 信託する財産の範囲
- 財産の管理方法
- 信託の目的
- 受益者
契約書は、公証役場に持って行って公正証書として保管してもらうことをおすすめします。紛失や破棄などの心配がなくなります。なお公正証書にする場合は、財産額に応じて1〜5万円程度の手数料がかかります。
信託用の口座を開設する
信託財産は、受託者の財産とは分けて管理する義務があります。そのため、必須ではありませんが、信託財産や不動産収入の利益などを管理するための信託用の口座を作っておいた方が便利です。取扱いのある銀行では、家族信託専用口座を開設できます。
信託登記を行う
不動産の場合は、名義を委託者から受託者に変更し、法務局で登記を行います。書類の準備等が煩雑なので、司法書士などに相談することをおすすめします。
家族信託Q&A
Q1.信託契約後に受託者を変更できますか?
A.信託契約書に、委託者の独断で受託者を変更できる旨を記載しておくことで可能になります。
Q2.認知症になった後に、受託者がちゃんと財産管理してくれるか不安です。
A.司法書士などの第三者に「信託監督人」を依頼し、管理を監督させることができます。報酬は月額1万円程度です。
Q3.農地も家族信託できますか?
A.基本的に、通常の不動産のように家族信託することはできません。
Q4.受託者に、勝手に不動産を売却されないでしょうか?
A.委託者の同意がなければ財産を処分できないように契約で取り決めることもできます。
将来に不安を覚えたら検討を始めるタイミング
「認知症になってしまったら、と将来が不安」
「財産管理を子どもに任せたい」
「配偶者が認知症を患っている」
など、財産管理に不安を覚えたら、検討し始めるタイミングです。
家族信託は、家族間の契約で財産管理を完結できるため、第三者が介入する契約より安心ではありますが、個人同士の契約にはトラブルがつきものです。後々、後悔するようなことがないよう、契約の際は弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。専門家が間に入ることで、信託がスムーズに進むように家族信託を設計してくれ、予想外の事態が生じた際にも連絡を取って解決へと導いてくれます。何年も続く契約だからこそ、不安がある場合は外部のサポートを受けながら進めましょう。