被相続人(亡くなられた方)の財産(遺産)を引き継ぐことを「遺産相続」と言います。とは言っても、それは単に「財産を相続人で分け合う」ことだけではなく、書類の準備や現金以外の遺産の評価・鑑定、相続税の申告・納付、遺産の分割協議など、状況に応じて手続きは複雑で多岐にわたります。また、遺産の分割において誰にその権利があり配分をどのように行うのか、手続きをするためには何が必要なのか、といった基本的な事柄にも法律が関係するため、相続時はトラブルが発生しやすいのも事実。
そこでこの章では、遺産相続の基本中の基本から具体的な遺産相続の方法、注意するべき点などについて分かりやすくご説明します。ぜひ、遺言書の作成やご家族での話し合いに役立ててください。
相続できる財産・できない財産
現金や不動産だけでなく、株式や家電・家具など、相続できる財産の種類は多岐にわたります。また、財産と言ってもプラスのものとは限りません。借金などのマイナスの財産も相続の対象となります。
プラスの財産
- 現金:財布や自宅の金庫などにしまっておいた現金
- 預貯金:銀行や信用金庫に預けているお金
- 電子マネー:スマホアプリやICカードにチャージしている残高
- 不動産・借地権:故人名義の家や土地、山林、田畑のほか、借地権や借家権、定期借地権、地上権など
- 自動車・オートバイ等:故人名義の車やオートバイ、船舶、原付など
- 貴金属・宝石:専門家の査定によって換金できる貴金属や宝石など
- 美術品:時価相場がつく骨董品や絵画など
- 有価証券:株・債券・投資信託などの金融商品や配当金
- 知的財産権:音楽・美術・小説などの創作物に関する著作権
マイナスの財産
- 借金:個人名義での借金
- ローン:住宅や車のローン、クレジットカードの未返済分
- 未払金:家賃や光熱費、税金、医療費などの未納分や保証債務、損害賠償義務など
相続財産ではないもの
- 死亡一時金や未支給年金:故人の配偶者や3親等内の親族で死亡時に同一生計だった人に請求権がありますが、相続財産としては見なされません。
- 葬祭費や埋葬費:国民健康保険や後期高齢者医療制度の加入者の死後、自治体や所属していた会社や団体から喪主などに支給される葬祭費は相続財産としては見なされません。
- 著作者人格権:著作権は相続財産ですが、公表権や氏名表示権、同一性保持権などは相続財産には含まれません。義務など
相続財産になるもの、ならないものの範囲は広く、上記以外にも考えられる財産はあります。判断に迷う場合は専門家に相談しましょう。
法的に有効な遺言書の書き方
相続財産を受け継ぐ権利を有する人を相続人と言います。相続人には、「指定相続人」と「法定相続人」の2種類があります。
指定相続人
遺言書がない場合は、法律に則って相続人が決定されます。
法律で定められた相続人を「法定相続人」と言い、法定相続人が複数いる場合は法律で定められた「法定相続分」という割合に従って「遺産分割協議」を行い、遺産分割を行います。ただし、法定相続分はあくまで目安なので、法定相続分には強制力はなく、相続人全員の同意があれば遺産は自由に分けることが可能です。
被相続人の配偶者は常に相続人です。被相続人に子や父母、兄弟姉妹や甥や姪がいない場合は、全ての遺産を配偶者が相続します。
そのほかの法定相続人には順位が決められており、その順に相続割合が決定されます。第一順位は被相続人の子です。子が死亡している場合は孫が、孫も死亡している場合はひ孫が第一順位の法定相続人になります。これを、代襲相続(だいしゅうそうぞく)と言います。
第一順位の子や孫、ひ孫がいない場合は、被相続人の父母や祖父母が第二順位として相続人になります。養親の場合も同様です。
子や孫、父母もいない場合は、兄弟姉妹が第三順位として相続人となります。兄弟姉妹が亡くなっている場合は、その子ども、つまり被相続人にとっての甥や姪が代襲相続人になります。
法定相続人の相続割合
法定相続人の相続割合は、法律で定められています。
法定相続分の相続割合 | ||||
---|---|---|---|---|
相続人の状況 | 配偶者 | 第一順位 | 第ニ順位 | 第三順位 |
子・孫・ひ孫 | 父母・祖父母 | 兄弟 いない場合は甥・姪 |
||
配偶者のみの場合 | 1 | ー | ー | ー |
配偶者がいる場合 | 1/2 | 1/2 | ー | ー |
2/3 | ー | 1/3 | ー | |
3/4 | ー | ー | 1/4 | |
配偶者がいない場合 | ー | 1 | ー | ー |
ー | ー | 1 | ー | |
ー | ー | ー | 1 |
「遺留分」について
これまでは、法定相続人に認められた遺産相続割合についてご説明してきました。それとは別に、不公平な遺言や贈与が行われた場合には、法定相続人に対して最低限の遺産相続の権利を保障する「遺留分」が認められます。
遺留分が認められる人
配偶者や子どもなどの直系卑属または親などの直系尊属のみで、兄弟姉妹と甥姪には遺留分が認められません。また、遺留分権利者には法定相続人と違い「順位」もありません。
遺留分の割合
遺留分の割合は法律によって定められていますが、相続人の組み合わせによって変わります。
相続人 | 遺留分 | 各人の遺留分 |
---|---|---|
配偶者と子 | 1/2 | 配偶者:1/4、子:1/4 |
配偶者と直系尊属 | 1/2 | 配偶者:2/6、直系尊属:1/6 |
配偶者と兄弟姉妹 | 1/2 | 配偶者:1/2、兄弟姉妹:なし |
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者:1/2 |
子のみ | 1/2 | 子:1/2 |
親のみ | 1/3 | 直系尊属:1/3 |
兄弟姉妹のみ | なし | なし |
どのようなときに認められるのか
遺留分は、不公平な遺贈や贈与によって遺留分が侵害されたときに認められ、他の受遺者に「遺留分侵害額請求」を行って最低限の遺留分の遺産相当の金額を受け取ることができます。例えば、遺言書に法定相続人の一人に全ての遺産を相続させると記されている場合などです。まずは話し合いによって遺留分の取得を目指しますが、合意できない場合には、地方裁判所や簡易裁判所に提起して調停や訴訟を行うことになります。
遺留分算定の基礎となる財産
- 被相続人が相続開始時に有していた財産
- 被相続人が相続開始前の1年間に贈与した財産 ※相続開始の1年以上前に贈与した財産であっても、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したものは含まれます。
- 相続開始前の10年間に「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本」として相続人に贈与した財産
遺留分侵害額請求とは
他の受遺者に、自身の遺留分を請求することを「遺留分侵害額請求」と言います。手続きは、他の遺留分の権利者が請求を行うかどうかに関わらず、個別で行うことができます。請求が認められた場合は遺留分の遺産を相当額の現金で取得できますが、不動産や美術品そのものを取り戻すことは原則としてできません。
法定相続人には遺産分割の時効がありませんが、遺留分侵害額請求には、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを相続開始を知った時から1年、または知らない場合でも相続開始時から10年という時効が定められており、これを過ぎると請求することはできなくなります。また、遺留分侵害額請求の通知後は「債権の時効」が適用され、5年以内に支払いを受けないと時効が成立します。
遺留分の放棄
遺留分は放棄することもでき、この場合は改めて手続きを行う必要はありません。遺留分が認められていることで後々相続トラブルに巻き込まれる心配がある場合は、遺産相続が始まる前に家庭裁判所の許可を得ることで遺留分を放棄しておくと安心です。
相続放棄とは
相続財産には、借金などのマイナスの財産もあります。遺産を相続する場合は、このような負債も相続することになります。負債を受け継ぎたくない場合には、必要な書類を裁判所に提出することで財産の相続を放棄する「相続放棄」の権利が認められています。自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に裁判所で所定の手続きを行うことで、相続を放棄できます。
ここで一つ注意しておきたいのが、相続を放棄するということは、相続財産の全てを放棄することになるということ。プラスの財産も引き継ぐことはできなくなります。
また、相続放棄をする場合には、遺品整理にも注意が必要です。ここで言う遺品整理とは、故人の預貯金の引き出しや解約、家の解体や売却、入院費の支払いなど、相続財産にあたるものの処分です。これらの行為は財産を相続する意思があると見なされ、相続放棄を受理してもらえなくなります。すべての相続を終えるまでは、遺品の処分は行わないことが大切です。
相続権利を失う「相続欠格」と「相続排除」
法定相続人であっても、生前に被相続人の生命を侵害するような行為を行ったり、自分が有利になるような遺言書の作成を強要した場合には、民法の制度による「相続欠格」として法定祖相続人としての権利が剥奪されます。裁判などの必要はなく、遺言書があったとしても財産を相続することはできません。ただし、欠格者に代わり、その子や孫などの代襲相続人が相続することは可能です。
一方、法定相続人に犯罪や素行不良、長期の音信不通といった著しい非行がある場合や被相続人に対する暴力や精神的苦痛を与えた場合は、被相続人の意思に基づいて相続資格を剥奪する「相続排除」を行うことができます。
相続税とは
一定金額以上の遺産を相続する場合は、「相続税」と呼ばれる税金が発生します。
相続税には「基礎控除」が法律で認められているため、実際に相続税の支払いが必要となるのは、3,000万円+600万円×法定相続人の数以上の財産がある場合です。
また、相続税の軽減措置の特例を使うことで相続税がゼロとなる場合でも、相続税の申告が要件となっているものもあります。詳しくは、相続税の項でご紹介します。
困った時は弁護士や司法書士に相談を
遺産相続にはさまざまなケースがあり、抱えている事情も家族によって異なります。「我が家の場合はどうなるんだろう」と疑問に感じたら、迷わず相続に詳しい弁護士や司法書士にご相談を。分からないままに手続きを進めると、後々トラブルに発展しかねません。専門家から個別のケースに応じたアドバイスをもらい、遺産を遺す側も相続する側も、お互いに安心して円満な遺産相続ができるようにしましょう。